記事: 2026年に100周年を迎えるROLEXの『オイスターケース』

2026年に100周年を迎えるROLEXの『オイスターケース』
2026年、ロレックスの象徴とも言える「オイスターケース」は100周年を迎えます。
腕時計にとって“防水”はいまや当たり前の性能ですが、ほんの100年前までそれは当たり前ではありませんでした。むしろ腕時計は繊細で、水や埃は天敵。日常生活のちょっとした手洗いや雨、汗、湿気でさえ、時計の精度や寿命に影響を与えることが珍しくなかった時代です。
それでも人々は腕時計を求めました。懐中時計よりも便利で、手がふさがらない。時間を素早く確認できる。近代化する社会のスピードに追いつくため、腕時計は“必要な道具”になりつつあった。
そして、その腕時計が本当の意味で「道具」になった瞬間――そこに立っていたのが、ロレックスの“密閉された殻”「オイスターケース」でした。
ここからは、オイスターケースが生まれた背景、世界を驚かせた出来事、そして100年間でどのように進化し、ロレックスの名声を支え続けたのかを、できるだけ物語として丁寧に紐解いていきます。
1. そもそも「オイスターケース」とは何か――“牡蠣”のように閉じる時計
「Oyster(オイスター)」は英語で牡蠣のこと。
牡蠣が硬い殻で中身を守るように、時計の内部(ムーブメント)を外部環境から守る――その発想が、名称にそのまま表れています。
オイスターケースの核心は、「時計の内部に水や埃を入れない」という一点にあります。
ですが、単純に“パッキンを厚くする”とか、“隙間を埋める”といった発想だけで成立するものではありません。腕時計には、時間を合わせるためにリューズが必要で、裏蓋はメンテナンスや組み立てのために開閉できなければならない。ガラスも固定が必要。つまり、**「穴があり、開閉が必要なのに、密閉する」**という矛盾に挑む設計です。
この矛盾を、ロレックスは「ねじ込み」という機械的な力で解決しようとしました。
オイスターケースの基本は、ざっくり言えば以下の思想です。
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裏蓋を“ねじ込んで”締める
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リューズも“ねじ込んで”締める(=リューズからの侵入を止める)
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風防(ガラス)も、ケースに強固に固定する
現代の防水時計の“常識”は、ここから始まります。
2. 100年前の腕時計は、なぜそんなに水に弱かったのか
現代に生きていると、「水が入るのが普通だった」という感覚は想像しづらいかもしれません。
しかし当時の腕時計は、構造上どうしても隙間が生まれやすく、しかも日常生活そのものが“時計に厳しい環境”でした。
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道路は舗装が十分でなく埃が舞う
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仕事の現場は油・粉塵・水しぶきが多い
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手洗い場の環境も現代ほど整っていない
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雨具の性能も現在ほど高くない
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そもそも「腕時計を水から守る」という意識が浸透していない
さらに、腕時計が普及し始めたばかりの時代、腕時計はまだ“完全な道具”として信用されていませんでした。
「小さくて便利だけど、壊れやすい」「精度が安定しない」「日常で使うのは不安」
そんな声も多かったと言われます。
だからこそ、“腕時計を日常で使えるもの”にするには、精度だけでは足りなかった。耐久性、そして防水・防塵。ここに挑む意味があったのです。
3. 1926年、世界初の防水腕時計「オイスター」誕生
そして1926年、ロレックスは世界初の防水・防塵腕時計として「オイスター」を発表します。
ここが100周年の起点です。
当時ロレックスを率いたのは、創業者ハンス・ウイルスドルフ。
彼の思想は一貫していました。
腕時計は、日常で使われるべきだ。
そのために精度と信頼性が必要だ。
ウイルスドルフの視点が鋭いのは、「防水は付加価値ではなく、腕時計の信用そのもの」と捉えていた点です。
“水に弱い時計”は、どれだけ見た目が美しくても、どれだけ精度がよくても、日常の相棒にはなれない。
ならば、時計の弱点を正面から潰すしかない――そうして生まれたのが、オイスターケースでした。
4. 伝説の実証実験――ドーバー海峡を泳いだ時計
オイスターケースの歴史を語るうえで外せないのが、1927年の出来事です。
英国人スイマー「メルセデス・グライツ」がドーバー海峡横断に挑む際、彼女の腕にはロレックスのオイスターが装着されました。
海峡横断は過酷です。冷たい海水、長時間の運動、波、塩分、衝撃。
時計にとっては最悪級の環境と言っていい。
それでも横断後、オイスターは正常に稼働していた――この話はロレックスの伝説として語り継がれています。
ここで重要なのは、“話題づくり”だけではありません。
当時の人々にとって、防水はまだ想像の範囲を超えた技術です。
「本当に水が入らない?」「宣伝じゃないの?」という疑念がある。
その疑念を、挑戦の結果で黙らせた。ロレックスは、防水という概念を「信用」に変えるための方法を知っていました。
ロレックスはこの出来事を大々的に告知し、人々は“腕時計の未来”を目撃することになります。
5. ショーウィンドウの水槽――“見せる”ことで常識を変えた
当時、ロレックスは店頭ディスプレイでも大胆な手法を取りました。
ショーウィンドウに水槽を置き、その中でロレックスの時計を動かして見せる。
いま見れば少しユニークな展示ですが、当時は衝撃的です。
「水の中で時計が動いている」
これ以上わかりやすい証明はありません。
技術は、理解されて初めて価値になります。
オイスターケースは発明として優れていたのはもちろんですが、ロレックスが凄いのは、それを社会に理解させ、欲しいと思わせ、文化にしてしまったところです。
6. 防水だけでは足りなかった――1931年「パーペチュアル」で完成度が跳ね上がる
防水ケースが生まれても、もう一つ課題が残ります。
それは「リューズを触る頻度」です。
時計はゼンマイを巻く必要がある。手巻き時計であれば、毎日リューズを回す。
防水のためにリューズをねじ込んでいても、毎日操作するなら、その分だけリスクは増える。
つまり、防水性を高めた時計ほど、“リューズに触れる回数を減らす”ことが理想だったのです。
ここで1931年に登場するのが、自動巻き機構「パーペチュアル(Perpetual)」の概念。
腕の動きでローターが回転し、ゼンマイを自動で巻き上げる。
これにより、日常使用でリューズを触る必要が大きく減り、防水時計としての完成度が一気に上がります。
オイスターケースとパーペチュアル。
この二つが結びついたことで、ロレックスは「日常で最も信頼できる腕時計」という地位を固めていきます。
7. “道具としてのロレックス”を生んだのは、オイスターケースだった
ロレックスというと、ステータス、資産価値、憧れ――いろいろな言葉が浮かぶかもしれません。
しかし、根っこの部分にあるのは「道具としての信頼性」です。
それを支えてきたのが、オイスターケースという“土台”でした。
そしてロレックスは、この土台を活かして「プロフェッショナルのための時計」を次々に生み出します。
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深海のための防水
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極地の温度差
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洞窟探検の暗闇
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国際線移動のタイムゾーン
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レースの計測
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航海の過酷さ
あらゆる極限の現場に「ロレックスのケース構造」が持ち込まれた。
つまりオイスターケースは、ロレックスを“世界の現場”へ連れて行った存在でもあるわけです。
8. 代表モデルは、オイスターケースの発展史でもある
ここで、オイスターケースが支える代表モデルを、ケースの思想とともに眺めてみましょう。
(モデル名を挙げるだけでも、オイスターケースがどれほど多様な環境に適応してきたかが見えてきます)
● サブマリーナー:水中で使うという発明
「防水時計」から一歩進み、「潜水用」へ。
水中での視認性、回転ベゼル、堅牢性。
オイスターケースが“海の道具”に進化した象徴です。
● シードゥエラー/ディープシー:圧力と戦う
深海では、水圧が桁違いになります。
圧力に耐えるには、ケースが“頑丈”なだけでなく、構造として理にかなっていなければいけない。
ここでロレックスはリングロックシステムなど、ケースの工学をさらに深化させていきます。
● GMTマスター:空の移動と“二つの時間”
防水とは別方向に見えて、実は「信頼できる密閉ケース」が前提にあります。
温度差、湿度差、環境差。世界を飛ぶ道具として、ケースの堅牢性は欠かせない。
● エクスプローラー:極限で“普通に見える”凄さ
冒険のための時計は、派手である必要はない。
重要なのは、極限でも“いつも通り”動くこと。
オイスターケースの本質は、こういうところに現れます。
9. “ねじ込み”の思想は、100年かけて磨かれた
オイスターケースの発想は一貫しています。
「開く必要がある箇所は、ねじ込みで密閉する」
しかし、この“ねじ込み”を100年間磨き続けたからこそ、現在のロレックスがあるとも言えます。
例えば、リューズには段階的な進化があります。
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より確実なパッキン構造
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ねじ込み時の密閉力の向上
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操作性の向上
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“防水性と使いやすさ”の両立
ロレックスのリューズでよく語られる「ツインロック」「トリプロック」といった仕組みも、この進化の延長線上です。
ユーザーが毎日触れる箇所だからこそ、ロレックスは“最も弱くなり得る部分”を徹底的に強くしてきたのです。
10. 素材の進化――オイスタースチールと独自合金
オイスターケースは構造だけではなく、素材の選択でも進化してきました。
ロレックスが採用しているステンレスは、一般的には「904L系」として知られる高耐食性素材(現在は呼称も含め独自表現が多い)で、海水や汗、湿気に強い性質が語られます。
“防水”は水を止めるだけではありません。外装が腐食しにくいことも、長期使用の信頼性に直結します。
さらに、エバーローズゴールドなど独自の合金開発は、見た目の美しさだけでなく、日常の使用に耐える“実用品としての金属”を追い求めた結果とも言えるでしょう。
11. 防水=「無敵」ではない。だからこそ“扱い方”が価値になる
ここで少しだけ、ブログとして大事な話を挟みます。
防水時計は便利です。ロレックスはとても強い。
けれど、防水は永遠ではありません。
パッキンは消耗します。ねじ込みが甘ければ、性能は発揮できません。
強いからこそ油断してしまいがちですが、むしろ“強い時計ほど、正しく扱う”ことで真価が出ます。
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リューズは確実にねじ込む
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強い衝撃を受けた後は念のため点検
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定期的なメンテナンスで防水性能を維持
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サウナや急激な温度変化は時計に負担がかかる場合がある
こうした“当たり前の注意”が、オイスターケースの性能を長く活かします。
100年続いた技術は、100年使い続けられるための思想でもあるわけです。
12. 2026年の100周年は、何を意味するのか
100周年と聞くと、つい「記念モデルが出るのか?」という話題に目が行きます。
もちろん、それも楽しみの一つです。
ただ、オイスターケース100周年の本質は、もっと静かで大きなところにある気がします。
オイスターケースは、時計業界に「防水」という当たり前を根付かせました。
そして防水だけではなく、“時計は日常で使える道具である”という価値観を広げました。
いま私たちが安心して腕時計を着けて生活できるのは、100年前にその“当たり前”をゼロから作った人たちがいたからです。
2026年は、ロレックスの歴史の節目であると同時に、腕時計という文化の節目でもあります。
防水革命が起こらなければ、腕時計はもっと繊細で、もっと限られた場面でしか使えないものだったかもしれない。
オイスターケースは、腕時計を“生活の道具”に押し上げた――それが100年の重みです。
13. オイスターケースは、ロレックスの“顔”であり“背骨”である
ロレックスの魅力を語るとき、デザイン、精度、資産価値、アイコン性……いろいろな入口があります。
けれど、その中心にあるのはいつも「信頼性」です。
そして信頼性は、目に見える針や文字盤だけでは作れません。
外からは見えない密閉構造、ねじ込み機構、パッキン、素材、精密な加工――そうした積み重ねの結果として、私たちは“安心して使えるロレックス”を手にします。
オイスターケースは、まさにロレックスの背骨。
それがなければ、ロレックスはロレックスになれなかった。
100年後の今も、その事実は変わらないように思います。
14. 終わりに:次の100年も“道具の信頼”は揺るがない
100年前、時計は水に弱いのが普通でした。
水に強い時計は、存在すら想像しにくかった。
でもロレックスは、その常識を変えました。
オイスターケースの価値は、単に「防水である」ことではありません。
**“腕時計を信じられる道具にした”**ことにあります。
2026年、オイスターケースは100周年。
それは単なる記念日ではなく、腕時計が“日常の相棒”になった歴史の証明です。
これから先、どれだけ技術が進んでも、時計に求められる本質――「信頼できること」は変わらないでしょう。
そしてその信頼の根っこには、きっと次の100年も、オイスターケースの思想が息づいているはずです。
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